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田原総一朗:クラクションを鳴らさない沖縄県民と普天間基地問題(BizCOLLEGE 6/4(木)配信)

2015/06/05 08:00
5月29日放送の「朝まで生テレビ!」(テレビ朝日)は、「激論!“沖縄基地問題”と日本」と題して、米軍普天間基地の辺野古移設問題について沖縄で討論した。

パネリスト10人のうち沖縄出身の政治家やジャーナリストを4人招き、スタジオの客席にも沖縄県の皆さんに大勢集まっていただいた。

●沖縄ではクラクションを鳴らさない?

私は番組を始める前、沖縄の人たちから「辺野古への移設はけしからん」「日本政府は沖縄県民の気持ちをよく考えろ」といった批判をがんがん受け、もしかしたらそれらの収拾がつかなくなるのではないかとさえ思っていた。
ところが、そうした批判はあまりなかった。とても意外だった。
パネリストの一人がこんなことを言った。「沖縄の街は静かでしょう。クルマはたくさん走っていますが、クラクションはめったに鳴らさないんです」
沖縄でも危険な運転をするクルマはある。車線を急に変更して乱暴運転することもある。そんなときにクラクションを鳴らすと、鳴らした運転手のほうがとがめられるのだそうだ。
いや正確にいえば、とがめられるわけではなく、「とがめる顔つき」をされるのだそうだ。声には出さない。クラクションもめったなことでは鳴らさないという。

政府批判をあまり表現しない沖縄の人々

辺野古移設問題で沖縄はこんなに反対しているのに、日本政府は沖縄県民ときちんとコミュニケーションをとらないまま移転作業を進める。
いまそんな状況だから、番組には政府批判がたくさん寄せられると思っていたのだが、意外にもそうではなかった。クラクションを鳴らさないのと同じで、政府批判を多く表現することはないのだ。
だからこそ私は、沖縄が抱える問題の難しさをいっそう強く感じたのである。

沖縄は太平洋戦争末期、国内で唯一、住民を巻き込んだ激しい地上戦が行われ、20万人以上の犠牲者が出た。そのうち住民の犠牲は9万4000人に上り、沖縄県民の4人に1人が命を落とした。なかには日本軍の強制により集団自決した一般住民も多い。沖縄は大変な被害を受けた。
戦争が終わると、1945年、米軍に占領され、以後27年間、米国の占領下にあった。1972年に日本へ返還されたとき、沖縄の人々は米軍基地が沖縄からなくなる、あるいは少なくなると期待した。だが、基地は逆に増えていった。
沖縄の人々には複雑な思いや怒りがある。番組の前日、琉球朝日放送の社長や役員と話し合いをしたとき、私が沖縄の歴史を話した後、彼らが語ったのは、「琉球処分」という、私にはやや意外な話だった。

「琉球処分」への憤りと怒り
沖縄はかつて琉球王国だった。15世紀初めに尚巴志(しょう はし)王により沖縄は統一され、王国が成立した。だが、17世紀に入ると薩摩藩が侵攻し、1872年、「琉球処分」により琉球王国は薩摩藩に再編され琉球藩になる。その琉球藩から沖縄県になったのは1879年(明治12年)のことだ。
琉球朝日放送の幹部が語ったのは、「琉球処分」によって琉球王国が強引に薩摩藩に再編され、後に沖縄県にされたことへの憤りと怒りであり、それゆえいまだに複雑な思いを抱いているという話だった。
沖縄が抱える問題の難しさは、次のような点にもある。
1990年から98年まで沖縄県知事を務めた大田昌秀さんは革新系だったが、1996年から98年まで首相を務めた橋本龍太郎さんや野中広務さん、梶山静六さんとは心を開いていた。野中さんは以前、私にこう語ってくれたことがある。
「橋本内閣、小渕内閣のとき、私は沖縄の島を全部訪ね歩いた。そして、そこに住む人々と酒を飲み、とことん話し合った」
橋本さんや野中さん、梶山さんは、「琉球処分」を知っていたからこそ、沖縄の人々の心を理解しようと努めた。だからこそ大田さんは彼らと心を開いて話し合えたのである。だが、いまの政府にはそれがない。

それでも鳩山由紀夫元首相は理解されている
鳩山由紀夫さんが首相だったときのことを思い出す。2009年、当時首相だった鳩山さんは、普天間基地の移設先を「国外、最低でも県外」と発言した。私は、鳩山さんに「なぜそうするのか」と尋ねた。
当時、沖縄に辺野古移設への反対運動があったわけではない。鳩山さんは「日本の国土面積の0.6%しかない沖縄に在日米軍専用施設の74%が存在するのはよくない」と答えた。だから「最低でも県外」へ移さなければいけないと言った。
そのため、鳩山さんは今でも沖縄の人々から理解されている。鳩山さんは結局、県外移設を断念し、再び辺野古移設に戻したため、私は沖縄では「鳩山さんは沖縄を裏切った人」と考えられているのではと思っていたが、そうではないという。
普天間基地移設問題でコミュニケーションがないまま辺野古移設作業を進める政府への怒りは、沖縄では非常に強い。沖縄の人々はあまり自分を表現しないから、それが言葉になりにくいだけなのだ。
番組でテレビ局スタッフが客席にいた沖縄の人々に「発言してください」と何度も促したが、それでもなかなか発言してくれなかった。彼らは強い思いがあるのになかなか言葉にしない。そこにも沖縄が抱える問題の難しさがあると、つくづく感じた。
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第二の人生の職場として、福祉関係のパートをしています。仕事の合間に小生の関心ある記事等をネットで探し、ブログにします。よろしくお願いします。

 

 

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